動物たちが生きることを教えてくれた

去年の9月の出来事

去年の9月、私は人生初の胃カメラを受けていた。

鼻から麻酔ゼリーを流し込み、息ができてるのかできてないのか分からず涙目になりながら、看護師さんに背中をさすってもらいながら検査していた。

検査時間はものの5分。

お医者さんも「スムーズにできましたね」と話していた。

が、体感は1時間くらい拷問を受けたような感覚。

もう二度とやりたくないと思いつつ、もし次やる時は絶対に鎮静下でしかやらないと心に決めた。


なぜ胃カメラをしたかといえば、仕事でのストレスに耐え切れず、数カ月ずっと胃の調子が不安定だったからだ。

仕事でのストレスとは、いわゆるパワハラである。

個人事業主の事務として勤めていたため、会社とは違い「上司が言ったことがルール」だ。

職場は上司と私の2人のみ。

だから立場が弱くなる事務は好き放題に使わされてしまう。

おまけに上司の導火線はとんでもなく短かった。

勤め始めた最初こそなかったものの、だんだんエスカレートした。

限界が来た

胃カメラと同時期に心療内科にも通い始めた。

初診の時点での胃以外の症状はこんな感じ↓

  • 仕事中に過呼吸になる
  • 恐怖で歯がカタカタ震える
  • 涙があふれそうになる
  • 帰宅後に疲れすぎて寝転ぶことしかできない→生活がままならない
  • 家にいるときも仕事中の出来事がフラッシュバックする

診断は『不安障害』。

この日から投薬治療が始まり、「ああ、これは気のせいではなく病気なのか」と少し安心した。


そこから何とか気を振り絞って仕事に向かう日々が続いた。

しかし、もうボロボロだった。

ある朝は、カメのごはんの小松菜を用意しながら「行きたくない」で頭がいっぱいになり、小松菜の袋を抱えながら泣き崩れた。

またある朝は、玄関で嗚咽が止まらなくなり夫に慰めてもらってからなんとか電車に乗った。

本当にもう、限界が来た。

決意

出勤すらままならない状況になったため、心療内科でついに「休職を要する」との診断書を出してもらった。

お医者さんからは「これ以上は危ないよ」と言われた。

もうこれは退職するしかないと腹を決めた。


診断書が出た数日後、診断書を片手に退職を伝えに職場に向かった。

心配した夫が一緒に行ってくれたので心強かった。

退職の話をしている最中のことは過呼吸や疲れすぎたこともあり、あまり覚えていないけれど、

「お前のせいでどんだけ迷惑かかってると思ってるんだ」

「何が不安障害?こっちが不安障害になるわ」

「こっちは忙しいんだからさっさとしろ(荷物まとめて出ていけ)」

と言われたことははっきり覚えている。

決行した後

退職が決まって数日、とにかく家で空っぽになっていた。

これからどうしていくかを積極的に考える力もなく、ただただ茫然とし、時々フラッシュバックで涙が溢れたりパニックを起こしたりした。

でも、そこには動物たちがいた

自分のことは考えることができないものの、動物たちのお世話は欠かさずできた。

ごはんの用意やケージの掃除をするとなると、自然と体が動いた。

そして何より、彼らは一心不乱にごはんを食べたり、穴を掘ったり、走ってみたり。

ただただ一生懸命生きる姿がそこにあった。

そして、

「ああ、自分もそれでいいじゃん」と思えた。

生きることをしてみようと思えた。

そこから

1年経つ現在でも傷は大きく、パニック症状が出やすくなったり、メンタルが落ち込みやすくなった。

特に『職場』というものに対するトラウマが大きく、就職することが難しい。

でも、「こういう状況で生きること」をしてみようと、家で完結できる様々なことにチャレンジしている。

在宅で完結できる文字起こしの業務委託を現在進行形で行っていたり。

このブログで動物や自分のことを発信することを始めたのも、チャレンジの1つ。

運動チャレンジをできる範囲で継続してみるのもそう。

「自分を一生懸命生きること」を動物たちが教えてくれたのだ。

時々嫌になりそうな時もあるけど、これからも私は、自分を一生懸命生きていきたい。

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